くまのこ見ていた かくれんぼ
人間っていいな
おしりを出したこ いっとうしょう
夕やけこやけで またあした
またあした
いいな いいな
にんげんって いいな
おいしいおやつに ほかほかごはん
こどもの かえりを まってるだろな
ぼくもかえろ おうちへかえろ
でんでん でんぐりかえって
バイ バイ バイ
幼き頃、必ず耳にする「人間っていいな」
あの頃の僕らは何も考えずに聞いていた。
しかし、この歌詞にはとんでもないメッセージが込められているのだ。
後に人類は味わうこととなる
ヤツらに支配されるという恐怖を
私はこのまま人類が滅ぶのを指をくわえて待つことはできない。
どうしてもくわえろというのなら、
右手の親指がいい。大きさ、角度共に優れているからだ。
しかしいまはそんなのんきなことはいってられない。
明日にでも人類の歴史に終止符が打たれる恐れがあるからだ。
とにかくまずは理解して頂きたい。
“ヤツら”の恐ろしさを。
”ヤツら”の恐怖
では「人間っていいな」の歌詞を見ていこう
①序章:仕組まれた罠
くまのこ見ていた かくれんぼ
人間っていいな 序章:仕組まれた罠
おしりを出したこ いっとうしょう
夕やけこやけで またあした
またあした
まずはここの歌詞から分析していく。
くまのこ見ていた かくれんぼ
恐らく、熊の子供が人間のかくれんぼをこっそり見ている光景だ。
そもそも熊が出没しやすい地域で、ましてやかくれんぼなんて、
人間は熊を馬鹿にしすぎている。
しかし、この熊は人を襲わない。
“違う目的”があるからだ。
おしりを出したこ いっとうしょう
ここの歌詞。何を言ってるのかわからない。
おしりを出した子供が一等賞?
常人ならそう思うはずだ。
無理もない。
しかし、この歌詞にこそ“熊が子供を襲わない目的”が隠されている
一等賞をもらえるときはどんなときか。
そう、何かで一番になった時だ。
そこで考えてみよう。
おしりを出して一等賞をもらえる子供なんて
「クレヨンしんちゃん」の野原しんのすけくらいだろう。
彼はおしりだけで凄まじい印税収入を手にした。
彼以外で一等賞をもらえる子供は常識では考えられない。
ということは一等賞をもらったのは人間ではない。
「熊」なのである。
では、かくれんぼを見ていた側の熊が人間がおしりを出したのを見て
一等賞がもらえる状況とはどんなときか。
そう、「賭博」である。
“ヤツら”は子熊の時点で賭博をしていたのだ。
本来ヒエラルキー上位のはずの人間を使って賭博行為。
アリがライオンをもてあそんでいるような光景だ。
信じたくない事実だ。
夕やけこやけで またあした
またあした
夕方になったため、人間の子供たちを休ませる。
また明日も賭博をより良い状態で行うためである。
競馬の馬を大事にするように、
手塩に掛けて人間を大事にしていく。
人間でも昔は奴隷制度を用いて、
種族の違いを見せつけていたのに、
“ヤツら”は違う。
幸福感を与えることこそが反乱されず、
支配しやすいということをすでに知っているのだ
②2章:嫉妬ほど怖い感情はない
いいな いいな
人間っていいな 2章:嫉妬ほど怖い感情はない
にんげんって いいな
おいしいおやつに ほかほかごはん
こどもの かえりを まってるだろな
ここの歌詞を分析していこう
いいな いいな
にんげんって いいな
“ヤツら”は子供のころから賭博をしている。
それだけの知能を持っていながらも
人間のことを羨ましいと思っている。
なんという向上心。
“ヤツら”の進化は止まらない。
おいしいおやつに ほかほかごはん
こどもの かえりを まってるだろな
熊は主にアリなどの昆虫やきのみを食べる。
人間の食の好みと合うはずがない。
しかし、美味しいおやつにほかほかごはん。
そんな感情が芽生えるはずはないのだ。
少なくとも、ほかほかごはんは考えられない。
ほかほかの状態で飯が食えるのは人間くらいなのだ。
しかし”ヤツら”は火を使うと美味しくなることを学習している。
なんということだ。
そして子供の帰りを待ってるだろなという歌詞。
基本的に山で過ごす熊が子供の帰りを待つ親を見ることはないはずである。
しかし、子供が夕暮れに帰る習性を見て、予想を立てている。
「考える」能力が他の動物よりも優れているのだ。
“ヤツら”は人間の凄さに嫉妬をしてここまで成長を遂げたのだろう。
3章:天地逆転
ぼくもかえろ おうちへかえろ
人間っていいな 3章:天地逆転
でんでん でんぐりかえって
バイ バイ バイ
次はこの歌詞に触れていく。
ぼくもかえろ おうちへかえろ
何気ない歌詞に見えるが、まず注目して頂きたい箇所がある。
そう、一人称だ。
子供は大体「自分の名前」か「俺」を用いる。
「僕」を使う子供は少ない。
しかし、”ヤツら”の一人称は「僕」なのだ。
いつでも社会に出る準備はできていると言わんばかりである。
そのうちここの歌詞は、
「大変恐縮ではございますが、私も家に帰らせて頂きたく存じます」
に変わる可能性が高い。
でんでん でんぐりかえって
バイ バイ バイ
ここの歌詞は恐ろしいメッセージが隠されている。
まずそもそも、でんでんでんぐりかえる必要はない。
なのに「でんぐりかえって」という歌詞をわざわざ挿入した。
これはおそらく、食物連鎖のことではないのかと分析した。
食物連鎖がでんぐりかえる。
つまり、人間が最下位になるのだ。
そしてバイ バイ バイ
ここは「売買ばい。」
佐賀弁だ。売買であるという意味になる。
人間を奴隷として扱ってやるという強い意志を感じる。
非常に由々しき事態だ。
いつ食物連鎖という天地が逆転してもおかしくはないのだ
2番から推測できる仮説
もぐらが見ていた うんどうかい
びりっこげんきだ いっとうしょう
夕やけこやけで またあした
またあした
いいな いいな
にんげんって いいな
みんなでなかよく ポチャポチャおふろ(注)
あったかい ふとんで ねむるんだろな
ぼくもかえろ おうちへかえろ
でんでん でんぐりかえって
バイ バイ バイ
ここの歌詞の一番最初。
熊ではなくモグラだ。
ここから推測すると、
“ヤツら”は何にでも化けることができるのだろう。
陸空海、すべてに対応できるに違いない。
あまりにも恐ろしい。
最終章:消えたうさぎ
この”ヤツら”がいるという仮説。
これを後押しするのが映像版だ。
まずは下の一部始終を見て頂きたい。
ウサギさんいる

いる(シッポがかわいい)

一番前にいる

しっかり踊ってる

おててもつないでる

なぜか最後のでんぐり返りの時だけいない

どういうこと?
参照:http://omoroo.blog.jp/archives/46804110.html
そう、うさぎが消されたのだ。
これは見せしめなのだろう。
人間の前でうさぎという種族を滅ぼし、
権威を見せつけた。
あえて最初は仲良くすることで、感情を揺さぶった。
鬼滅の刃の鬼並みに非情である。
人類が”ヤツら”によって滅ぼされる日は近いだろう。
なぜなら、この歌詞を殆どの人類が耳にしているからだ。
歌詞を書かされ、世間に広まらせた。
“ヤツら”の影はもうそこまで来ているのだ。
この曲の題名は「人間っていいな」ほど単純ではない。
「人間って(生き物は愚かだな。ある意味かわ)いいな」なのだ
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